第20回 高山市大新町 日下部民藝館

開催日
2013年12月1日
参加者数:
39名

始まりは1本の電話

19回目のお手入れお助け隊を終えてまだ間もない仲秋のある日、オフィスに1本の電話がかかってきました。この1本の電話が新たなご縁を結ぶことになるとはまだ知る由もありません。電話の主は、日下部民藝館の館主である日下部暢子さんでした。私たち「お手入れお助け隊」の活動を知り、どうしてもスタッフだけでは手が行き届かない館内のお手入れに力を貸していただけないでしょうかと、お声掛けいただきました。

記念すべき20回目を迎えるお助け隊に向けて

日下部民藝館は、昭和41年、明治建築の民家として初めて国より重要文化財として指定され、普段は日下部民藝館として公開されています。日下部家は飛騨が幕府の天領だった江戸時代、御用商人として栄えた商家で、屋号を「谷屋」といいました。当時の邸宅は明治8年の大火で類焼、その4年後の明治12年(1879)に完成したのが、現在の建物です。棟梁は当時の名工、川尻治助、主家は、切妻造り段違い二階建て、一部吹き抜けの総桧造り。その木組みの力強さには、月日を経てなお人々を感動させる力があります。日下部民藝館は、現館長である日下部勝さんのお祖母様の時代に、アメリカ合衆国を代表する実業家・慈善家であったロックフェラー氏に「ぜひ購入させてもらえないか」と言わしめた素晴らしい意匠の日本家屋です。

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これまでのお助け隊は、主に住人が居住されている民家が対象でしたが、素晴らしい意匠の民家を後世に残したいという気持ちは同じです。「日下部邸の建物を、もっとたくさんの方に知っていただき、みんなで共有していきたい。様々な世代の人が行き交う場所になってほしい。」とおっしゃる日下部夫妻。その思いを共有すべく、今回お助け隊をさせていただくことになりました。

記念すべき20回目を迎えるお手入れお助け隊。いつもとは違う趣向を凝らして、通常のお助け隊に加え特別企画イベントと銘打ち、まずは、お手入れ後の昼食には、新米おむすびやきのこ汁など飛騨の食材で作った軽食を、今回はお助け隊参加者だけでなく、特別に当日一般参加者先着50名様にも提供させていただくことになりました。次に、高山を拠点にして地域・文化貢献の場でご活躍されているゲストの方をお呼びし、昼食後にトーク・セッションを設けることになりました。足を運んでくださった方ひとりひとりの心に、なにかしらの気づきや発見が生まれるよう、当日までの数週間、準備に余念がありません。やることはたくさん。無事に本番の日を迎えることができますように!

海外からの参加者も多数!お手入れお助け隊当日

お助け隊当日は、地元や県外からのメディアもいくつか取材に来られました。肌寒さは感じられるものの、午前中は時折お日様も差していました。この日を心待ちにしてくださっていた参加者の皆さん。今回も、県内・外から多数のご応募をいただき、お助け隊のためだけに高山まで足を運んでくださった方も少なくありません。この日は事前にお申込みいただいた方以外にも、特別に、当日飛び入り参加を希望される方も受け入れていたのですが、朝早くからアメリカ、ノルウェー、デンマークといった国際色豊かな顔ぶれが続々と日下部民藝館に集い始めていました。皆さん、一様に日本の民家の素晴らしさに見入っていました。

とにかく広い間取りの日下部邸です。スタッフも含めた総勢39名でさっそくお手入れに取り掛かります。これまでの古民家よりも梁はずっと高いところにあるため、いつもより長い脚立が必要です。この日は主に“おえ”と呼ばれるお部屋を中心に1階部分を雑巾がけしていきます。現在未公開となっている2階の一部屋も数人でお手入れしていきます。初参加だったスタッフは、ひっきりなしのバケツの水の交換に驚きを隠せない様子でした。何度もお助け隊体験済みの参加者は、自ら率先して手を動かしてくださり、私たちにとっても心強い存在です。米ぬかや荏の油で磨き上げるには、まずは水拭きすることで表面に積もったほこりや塵を取り除きます。水拭きを疎かにすると、次の過程が台無しになるため、丁寧に何度も雑巾で拭いていきます。

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土間から見上げると、脚立にのぼって梁を磨いてくれている参加者の方たちが随分高くみえます。梁はおえの畳から3メートル程の高さに組まれています。脚立に組んだ足場板に立ってお手入れしているのですから、目線はかなりの高さになるのではないでしょうか。確かに日頃から頻繁にお手入れするには、これはかなり大変そうです。外国人の参加者の皆さんも、熱心に雑巾を持つ手を動かしてくれます。中には建築家の方もいらっしゃって、この短い時間の中で変化していく日下部邸の様子を楽しみながらご覧になっていました。

休憩を挟んで、今度は「拭く」から「磨く」お手入れに移ります。使用する米ぬかと荏の油は、すでにフライパンで温めてあります。特にこの時期は、温めることで含まれている植物油の伸びがよくなり、木に染みやすくなります。荏の油は、布巾の先に少しつけて、柱にちょんちょんと叩きつけます。そのあとは乾いた布で、上下に油を伸ばしながら磨き込んでいきます。これがけっこうな運動量で、数分も磨いているうちに全身がぽかぽかしてくるほどです。温めた米ぬかは、白布に入れて口をしばり、それで柱などを磨いていきます。白布から染み出る植物油がゆっくり、じわじわと柱に浸透していくのです。木材本来の美しさを取り戻すには、一回磨いたくらいでは実はまだ完全ではありません。昔のように毎日続けて磨くことで、まるで手鏡のような輝きとつやがよみがえってくるのです。

朝9時頃から始まったお手入れお助け隊。参加してくださった皆さんのおかげで、日下部邸の美しさが益々際立ったように感じました。日下部夫妻も愛おしげに目を細めていらっしゃいました。

地産の食材がふんだんに使われたお昼ごはん

昼食は、お手入れ後のお楽しみ時間でもあります。今回の昼食を準備するにあたり私たちに力を貸してくださったのは、地元高山で総合食品商社として信頼を得ている山一商事さんでした。この日のために連日試作を繰り返し、贅沢なきのこ汁を用意してくださいました。当日はきっと寒いだろうからと、酒粕も足してくださったそうで、参加者はもちろん、スタッフもきのこ汁の美味しさに舌鼓を打ちました。さらには、あぶらえの五平餅。あぶらえは、飛騨弁で親しまれている名称で、標準語では荏胡麻のことです。このあぶらえの五平餅には山一商事さんの想いが強く込められていました。日下部民藝館の囲炉裏の火を囲むように燻られる五平餅。現代住宅が大半を占める昨今では、家族で囲炉裏を囲むことも皆無です。昔は当たり前のように目にしていたであろうそんな暮らしの中のワンシーンを、参加者の皆さんの目に焼き付けてほしい。五平餅が食材として選ばれたのも、飛騨高山地域で古くから親しまれ、囲炉裏との相性も抜群だからです。

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きのこ汁と五平餅以外にも、お楽しみはまだあります。白川郷の元村長さんからいただいた新米を使ったおにぎりです。普段、数合しか炊かない私にとって、4升のお米を美味しく炊きあげるのはプレッシャーでしたが、正味40~50分程で釜のお米はふっくら炊きあがりました。おこげの香ばしい匂いに誘われて、釜の周りに人が集まってきます。皆さんがお手入れをしてくださっている間、おにぎり班スタッフで80個以上握りました。お米が美味しいので、シンプルに塩むすびとふりかけで。日下部さんのお子様も、お手伝いしてくれました。大小様々な形のおにぎりが出来たのはこのためです。お手入れ後の体にも心にも優しい、温かく滋味あふれる昼食になったのではないでしょうか。外国人参加者の方々にもおいしく召し上がっていただけたようで安心しました。

特別イベント:トークセッション

ゲストにお招きしたのは、日下部夫妻を初め、菁風会の主宰で舞踏家である谷口裕和氏(料亭を営む環境に育ち、幼少の頃より日本舞踏への憧れを抱き、舞踏家を強く志す。東京と高山を拠点とした『菁風会』 を主宰)と、有限会社飛騨刺し子のグローバルディレクターを務める二ツ谷淳氏(海外留学、東京での会社員を経て、2008年より実家である本舗飛騨さしこに従事。2009年より本格的に海外進出戦略を図る)のおふたり。自然と期待は膨らみます。お助け隊から大半の方が引き続きトークセッションにも参加してくださり、他にもトークセッションのために足を運んでくださった来館者の方もいらっしゃいます。囲炉裏で燻されている五平餅は、自由に召し上がっていただけることになっています。なんだか、我が家でくつろぎながら過ごす時間に似ていますね。

ゲストの方々のお話は終始ウィットに富び、時には真面目に、時にはユーモアたっぷりに、私たちの心をつかんで離しません。私たちが知らない世界のことを、自身の体験談を交えながら面白おかしく披露してくださいました。つくづく、日本人として生まれたことを誇りに思いました。中でも特に印象深かったお話は、谷口さんがおっしゃった「和式トイレで育まれる文化」です。日本人は、和式トイレを使用することで日々足腰が鍛えられ、舞踏にあてはめて言えば、その安定した足腰が踊りの型を決めるのに大変役立つのだそうです。然しながら、昨今は様式トイレが当たり前、舞踏家を目指す今の若い人たちには、その踊りの型がびしっと決まらない人が多いんだそうです。たかがトイレ、されどトイレ、色々と考えさせられますね。

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一日を終えて

内容の充実度と参加された方が感じた満足度がうまく共鳴し合えたのではないでしょうか。実験的な試みもありましたが、怪我人もなく、最後まで無事にこの日を終えられたことに、嬉しさと安堵の気持ちでいっぱいです。この日、自分自身が五感を使って感じたことは、今年を飾るに相応しい体験になりました。皆さんといつか、また、こうしてお手入れお助け隊でお会いできますことを心から願わずにいられません。本当にありがとうございました!

参加者からのコメント

  •  お手入れお助け隊は以前から一度参加してみたいとずっと思っていたが、今回ようやく機会を得た。忘れられない時間になった。次回もぜひ参加したいと思う。(50代 男性)
  • 日本の建築技術は素晴らしい。見るだけでなく実際に触れてみて、その思いは強くなった。忘れられない体験になった。(30代 男性 ノルウェー)
  • お手入れが進むにつれて、館内に荏の油の香りが満ちていくのが分かった。(30代 女性)
  • 観光で訪れていた高山滞在中に今日のイベントのことを耳にして、おもしろそうだと思い参加しました。おかげで素晴らしい時間を過ごすことができました。(20代 男性 デンマーク)
  • 日下部民藝館も素晴らしかったが、当日振舞われた五平餅やおにぎり、きのこ汁も冷えた身体に染みわたるようで、どれもとても美味しかった。ごちそう様でした。(20代 女性)
  • 特別イベントとして開催されたトークセッションにも参加しました。ゲストの方々のお話は大変興味深く、日本人であることが誇らしくなりました。廃れた和式トイレの文化のお話など、考えさせられました。ゲストの方々が発する言葉が言霊のように空間に浮遊し、聞いていてとても心地よかったです。(40代 女性)