ひだ山村・民家活性化プロジェクト概要
飛騨の匠のふるさとは今……
飛騨地方は、飛騨の匠と呼ばれる腕利きの大工を大和時代から都へ送り込んでいました。
飛騨地方には、この飛騨の匠の技を受け継ぐ大工たちが腕をふるった、築100年を超える立派な民家が今も点在しています。これらの木造建築は、飛騨のみならず、世界に誇る日本の財産です。
しかし、林業、農業の縮小、都市部への人口流出等により、住み継ぐ人がいなくなってしまった、またはいなくなりそうな家は数多く、長い歴史を刻んだ家屋が年々消えていっているのが現状です。
飛騨の民家をひとつでも多く継承していきたい、という思いをアクションにすべく、ひだ山村・民家活性化プロジェクトは活動を開始しました。
飛騨民家の実態調査
ひだ山村・民家活性化プロジェクトでは、おおむね築50年以上と思われる飛騨の民家を対象に、2009年10月より調査を開始しました。民家調査では、単に家屋を調査するだけでなく、住み手の方に、家の歴史、現状のお話などをきいて、コミュニケーションしていきます。

- 飛騨市全域、高山市上宝町の一部および同国府町の一部が調査対象
お住まいの方からは「おぞい(古い)家やし、広すぎて冬は寒いで、はや(もう)いまでの(最近の)家にしたい」という声もよく耳にします。家について語りあうことによって、住まい手の方が自らの家の価値を再認識し、残していくきっかけになればと考えています。
また、家のつくりをビジュアルで記録し、データベース化する作業を進めています。
調査結果を踏まえ、民家の活用、新しい住まい手探し等、継承していくための方法を探っていきます。
飛騨民家のお手入れお助け隊
「わたしらだけで住むには家が広すぎて、もう何年も柱も梁も昔みたいには磨いとらん」
そう語られる方が多くいらっしゃいます。
岐阜県飛騨地方にある伝統的な工法で戦前に建築された農家民家の多くは、どれも太い柱や巨大な梁を構え、今では考えられないほどとても堅牢で立派な造りになっています。
昭和三十年代頃までは、曽祖父母から孫ひ孫まで何代もの家族が一家として大きな家に身を寄せ合って暮らし、お盆の頃や新年を迎える前になると、一家総出で大切にお手入れをされていました。
しかし核家族化の進んだ現在に至り、一家の人数に対して家の規模があまりに大きすぎることから、普段のお掃除は掃除機をかけるのがやっとで、それまで長年にわたり続けられてきたようなお手入れを隅々まで行うのが一家の大きな負担となっています。
地域の宝、日本の宝といってもよいようなお宅のお手入れをお手伝いさせていただくことで、自分の家はとても価値のあるものだと改めて思っていただくきっかけになれば、これからも大切に住み続けていただけるのではないか、そしてそれこそが、飛騨の伝統的な民家を後世まで残し伝えることにつながるのではないかと、私たちは考え、飛騨民家のお手入れをお手伝いする、「飛騨民家のお手入れお助け隊」を実施しています。
飛騨民家とは
飛騨の匠の技術が息づく飛騨民家

- 毎晩火を囲んで酒が酌み交わされた
現在見られる飛騨の民家の多くは、切妻2階建て、トタン葺きで、軒がかなり深く、太い垂木、軒下の小腕に意匠があります。大屋根は勾配はやや緩やか。これは元々クレ板葺きに石置きだったためで、白川郷に代表される合掌造りの急勾配とは対照的です。
中に入れば、黒光りする重厚な柱と梁が見事です。今では得難い材が贅沢に使われています。
江戸中期に養蚕が盛んになり、現在見られる民家が発達しました。大屋根の乗った2階は、養蚕部屋として生まれたもので、天井は低く、屋根裏部屋のようになっています。
古くは寄棟式入母屋合掌造りの茅葺屋根であったものを、勾配のゆるいクレ板葺き切妻屋根に改造し、その後トタンに葺き替えるといった変遷をたどった民家も多いようです。
飾り窓が見られるものも多く、農家でありながら洗練された意匠があり、長い年月を経た今もこの美しく堂々たる雰囲気が特徴的です。
祭り文化と家屋との関わり - 見栄と財産 -
人の住む飛騨民家が多く残っているのと同様、各地域にある神社の祭りも今に受け継がれています。かつて飛騨の人々にとって、祭りは今以上に神聖な儀式であり、祝い事であり、楽しみであり、また果たさなければならない責務でもありました。
在郷(ざいご, ざい)と呼ばれる市街地外の地域では、神様が当番の家に「宿」をとり、数日間をかけて地域内の各家を回って練り歩いたそうですが、この「宿」の当番になった家には神様がいらっしゃること、村の人が沢山訪れることから、祭りの「宿」になるという理由だけで気合を入れて家を建て直すお宅もあったそうです。立派な家を持つことはかつて、一家の周囲に対する見栄であり、また家そのものがかけがえのない財産・誇りだったのです。
その証左として象徴的なのが「で(でい)」と仏壇と床の間のある「ぶつま」です。これらは家の中でも最も立派で美しい造作がなされていましたが、法事や祭り、その他来客のある時以外は普段住人が使用することのない部屋でした。そんな部屋がありながら、住人は小さく質素な部屋に全員が身を寄せて暮らしました。
飛騨民家のお手入れお助け隊
「飛騨民家のお手入れお助け隊」とは

- 玄関の壁を磨くお助け隊員
飛騨民家のお手入れお助け隊は、インターネット等を通じて全国に呼びかけ、古民家を筆頭とした伝統的な日本家屋を愛する方々と一緒に、飛騨市周辺にある 昔ながらの家屋にお住まいのご家庭を訪問、家屋のお手入れ(掃除など)をお助けする、言うなれば飛騨民家を応援するプロジェクトです。
時代の移り変わりと共に姿を変える暮らしのかたち
「わたしらだけで住むには家が広すぎて、もう何年も柱も梁も昔みたいには磨いとらん」
そう語られる方が多くいらっしゃいます。
岐阜県飛騨地方にある伝統的な工法で戦前に建築された農家民家の多くは、どれも太い柱や巨大な梁を構え、今では考えられないほどとても堅牢で立派な造りになっています。
昭和三十年代頃までは、曽祖父母から孫ひ孫まで何代もの家族が一家として大きな家に身を寄せ合って暮らし、お盆の頃や新年を迎える前になると、一家総出で大切にお手入れをされていました。
しかし核家族化の進んだ現在に至り、一家の人数に対して家の規模があまりに大きすぎることから、普段のお掃除は掃除機をかけるのがやっとで、それまで長年にわたり続けられてきたようなお手入れを隅々まで行うのが一家の大きな負担となっています。
飛騨民家とその地域の奥深い魅力に触れる
地域の宝、日本の宝といってもよいようなお宅のお手入れをお手伝いさせていただくことで、自分の家はとても価値のあるものだと改めて思っていただくきっかけになれば、これからも大切に住み続けていただけるのではないか、そしてそれこそが、飛騨の伝統的な民家を後世まで残し伝えることにつながるのではないかと、私たちは考え、飛騨民家のお手入れをお手伝いする、「飛騨民家のお手入れお助け隊」を実施しています。
梁や柱の磨き上げ、板敷きの床の雑巾掛けなど、家屋内外の清掃等を通し、冬の板の間の冷たさ、間仕切りのない大きな部屋の、その広さや空気感、木のぬくもり、先人の生きるための知恵、重ねられた歴史の重みや息吹など、単に見て回るだけでは気付けなかった、あるいは知ることのなかっただろう飛騨民家とその地域の奥深い魅力の隅々にまで触れるとともに、地域住民とのコミュニケーションを通じて、皆さんにも多くのことを考える機会となるだろうと私たちは考えています。
『飛騨民家のお手入れお助け隊』への参加方法・要項
- 第7回 飛騨民家のお手入れお助け隊
(民家フォーラム2010 プレイベント) - 第6回 飛騨民家のお手入れお助け隊
- 第5回 飛騨民家のお手入れお助け隊
- 第4回 飛騨民家のお手入れお助け隊
- 第3回 飛騨民家のお手入れお助け隊
- 第2回 飛騨民家のお手入れお助け隊
- 第1回 飛騨民家のお手入れお助け隊
第7回 (民家フォーラム 2010 プレイベント) 開催告知
下記の通り、『民家フォーラム 2010 in 飛騨』の関連事業として「お手入れお助け隊」を、岐阜県飛騨市神岡町山之村地区(瀬戸・和佐府地区)にて開催することが決定いたしました。皆さんのご参加をお待ちしています。
『民家フォーラム 2010 in 飛騨』と今回のお手入れお助け隊との関係について
民家フォーラムは、日本の伝統的民家の再生と利活用、そのための啓発活動などを行う JMRA が主催し、毎年全国各地で開催するイベントです。今年度は飛騨市で開催されることが決定しており、今回のお手入れお助け隊は、そのプレイベントを兼ね、地元・山之村の「山之村夢づくりの会」の皆様のご協力のもと、JMRA との共催で行うものです。
- 主催
- ひだ山村・民家活性化プロジェクト
- 共催
- 日本民家再生協会(JMRA)、第34回全国町並みゼミ飛騨市大会実行委員会
- 協力
- 山之村夢づくりの会
募集要項
- 開催日時
- 2010 年 7 月 17 日 (土) 13:00 ~ 2010 年 7 月 18 日 (日) 12:00
- 募集締切日
- 2010 年 6 月 30 日 (水)
- 募集人員
- 20 名程度 *1
- 対象年齢
- 高校生以上
- 参加費
- ¥7,000 (1泊2食含む)
- 集合時間
- 2010 年 7 月 17 日 (土) 13:00
- 集合場所
- 奥飛騨山之村牧場 駐車場 | 岐阜県飛騨市神岡町森茂1157 | MAP
- 作業内容等
- 柱磨き等の民家のお手入れ、清掃等(日程については下記スケジュールをご覧ください)
スケジュール
スケジュールの調整等により、以下の情報は予告なく変更されることがあります。ご注意ください。
- 1日目 13:00
- 集合。作業するお宅に移動し、民家のお手入れ作業
- 19:00頃~
- 夜なべ談義 (講師:金子 公彦氏/飛騨の棟梁)
- 2日目 8:00頃~
- 大規模な飛騨の養蚕民家・合掌造り民家の見学など
- 12:00
- 解散
お申し込み・お問い合わせ
お電話をいただくか、または E メールにて下記必要事項*2 をご入力の上、お申し込みください。
お問い合わせの場合も、窓口は共通となっております。
- 電話
090-5854-4492
- E メールの必要事項
-
- 住所
- 氏名
- 年齢
- 性別
- 電話番号
- E メールアドレス
留意事項
- 交通費については自己負担となります。
- 動きやすく、多少汚れても問題ない服装でご参加ください。
- 危険な作業は行いません。また、屋内のリフォームなども行いません。
- 受け入れ側、お助け隊、双方にとって貴重な意味ある時間になることを願っております。当企画の趣旨をご理解頂き、節度ある行動をお願い致します。
対象家屋等の詳細について
対象家屋等の情報は、弊社の個人情報保護の考え方に基づきウェブ上での公開はいたしません。詳細につきましてはお手数ですが、各自お問い合わせいただきますようお願いいたします。
集合場所への所要時間の目安
- 東京から
- 約 6 時間
- 名古屋から
- 約 3 時間30分
- 富山から
- 約 1 時間30分
- *1: 定員に達し次第受付終了となります。
- *2: 申し込みにかかる個人情報については、本件以外の目的に利用することはありません。
『飛騨民家のお手入れお助け隊』活動報告
- 第1回 飛騨市河合町有家地区
- 第2回 飛騨市古川町弐之町
- 第3回 飛騨市神岡町小萱地区
- 第4回 飛騨市古川町黒内地区
- 第5回 飛騨市宮川町巣之内地区
第1回 飛騨市河合町有家地区
2009/11/08
第1回目にも関わらず、私共プロジェクトのスタッフと合わせ、お助け隊員は総勢11名のメンバーに。新聞やインターネットでの告知を通じ、飛騨市・高山市の他、神奈川・横浜や岐阜方面からもご参加いただきました。
集合場所にて自己紹介と簡単なミーティングを行ってから、お手入れ対象のお宅へ。築90年以上、室内を改装するお宅も多い中、建築当時のままの間取りをほとんど残した立派なお宅です。ご主人にご挨拶をし、屋内班、玄関班、土蔵班の3つのグループに分かれて作業を開始しました。
![[画像]屋内お手入れ風景](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/14.jpg)
- 屋内お手入れ風景
屋内班は「おおま」、あるいは「おえ」「あがりたて」と呼ばれる、玄関を入ってすぐの広い板の間を担当。床板と壁面、立派な柱や梁の手入れを行いました。ややくすんでしまっている梁や柱ですが、その奥に美しい光沢を潜めていることが一見して分かります。
固く絞った雑巾で水拭き開始。天井が高いため、上の方は脚立二つを並べたところに足場板を二枚重ねで渡し、その上に立っての作業。高所担当、それに雑巾を絞ってて渡す担当、床板担当などを、みんなで分担して行いました。時にお家の方との雑談をしながら、のんびりと。
![[画像]玄関先お手入れ風景](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/22.jpg)
- 玄関先お手入れ風景
玄関班は「走り込み」と「まぐさ」、玄関の扉、馬屋跡の扉を担当。南に向いた玄関先の木材は乾燥して劣化が進み、ところどころささくれ立っています。隊員の方の指摘で気が付いたのですが、同じ柱でも、陽に当たっている箇所と当たっていない箇所では傷み方が随分違いました。また、走り込みの内部はツバメが巣をかけるのに絶好の場所なので、立派な「まぐさ」も、フンで汚れてしまっていました。
泥や埃を掃き落としてから水拭きをします。雑巾の絞り方は屋内と比べるとややゆるめ。「走り込み」にはべんがらが塗られていました。色が薄れてしまわないよう、また土壁を傷つけないよう、慎重に拭き取りました。
![[画像]土蔵お手入れ風景](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/58.jpg)
- 土蔵お手入れ風景
土蔵はスタッフの一人が担当。土蔵の一階と中扉をお手入れしました。中扉には緑色の苔がびっしり付いていたのですが、千本格子の隙間に入り込んだそれらを拭き取るのにはなかなか手間がかかりました。
土蔵の中扉には閂が仕込まれていて、閉め切ると閂が落ちて扉が開かなくなります。今でいうオートロック式ドアですが、閂を外せるのは反対に外側からのみ。蔵に忍び込んだ泥棒を閉じ込められるような工夫です。案の定といいますか、スタッフがうっかり蔵の中から扉を閉めてしまったために閉じ込められ、ご主人に救け出される一幕も。
天然素材で磨き上げ

- 粉ぬかを布袋に入れる
各班とも、およそ1時間程度で水拭きは完了しました。水気がある程度飛ぶのを待つため一旦休憩を取り、頃合いを見てトラックの荷台からクルミと粉ぬか(米ぬか)、そして荏の油(えのあぶら)を取り出します。
クルミや粉ぬかは、スタッフの家で不要になったシーツを縫って作った布袋に入れ、荏の油は鍋に移し火にかけ少し温めてから布に付けます(温めることで油の伸びが良くなるそうです)。
今回はこれら3種類の素材を使って、磨き上げの作業に入ります。

- 温めた荏の油

- 力を込めて床を磨き上げる

- クルミはなかなか油が出てこない……
![[画像]油の染み出したクルミを入れた布袋](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/76.jpg)
- 徐々に油が染み出してくる
梁と柱とまぐさにはクルミ、床板や框には米ぬか、玄関先には荏の油と、場所によって素材を使い分けました。クルミを入れた袋は握り拳のサイズ、粉ぬかを入れた袋は枕のサイズに絞ってごしごし磨きます。
クルミや米ぬかは、はじめは変化が分かりにくいのですが、ギュッギュと磨いていると徐々に中から油が染み出してきて、磨いた部分にツヤが蘇っていきます。
荏の油で磨いた場所は、磨いてすぐは多少油くささが漂ったのですが、しばらくすると徐々に酸化するためか、何ともいえないいい香りに変わりました。
![[画像]](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/50.jpg)
- 一段落
さすがに磨き上げには水拭きよりも多くの時間を要しました。特にクルミと粉ぬかは、油が染み出すまでに苦労しましたが、それでも隊員の皆さんの奮闘のおかげで、2時間程で完了です。年に数回の頻度とはいえ、この規模のお家全体をたとえば一人で磨き上げようとすると、やはり大変だろうなと思います。
仕上がりの美しさには、誰もが満足げ。縁側から差し込む光が磨いた板の間に映えます。板の間に座して感慨深げに室内を眺める隊員の姿が印象的でした。
お昼ご飯
![[画像]天然イワナと五平餅](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/126.jpg)
- 天然イワナと五平餅
正午は過ぎてしまいましたが、予定より早く作業が終わり、大間で昼食をとることに。奥さんと地元在住のスタッフにおにぎりと豚汁の準備をして頂きました。
「大間」の囲炉裏で炭火をおこしての昼食。なんと、サプライズで天然イワナの塩焼きと、手造りの五平餅まで用意してくださいました。ちょっと申し訳ない気持ちもしましたが、人をもてなす心は、飛騨の人の美点だなぁと感激しつつ、どれもこれも美味しく頂きました。
普段はなかなか味合うことのできない贅沢です。
![[画像]囲炉裏を囲んでの昼食](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/124.jpg)
- 美味しそう……
![[画像]合掌](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/133.jpg)
- いただきます!
![[画像]五平餅にかぶりつくスタッフ](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/143.jpg)
- 五平餅にかぶりつく
第1回のまとめ
![[画像]板の間](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/107.jpg)
- 元々美しかった板の間がさらに輝いた
![[画像]記念写真](./hvproject/moot/images/20091108/200x150/150.jpg)
- 記念写真
陽が高くなると数日前には雪が降り積もっていたなんて信じられないほど暖かい陽気に包まれ、お手入れ作業には絶好の一日でした。
旧来の民家に惜しげもなく使われている素晴らしい木材たちは、今回のような短時間のお手入れであってもすぐに応えてくれ、ダイヤの原石のように磨けば光ることを実感できました。しかし、長年放置されたことで傷んでしまった部分を元通りに戻すことは出来ません。表面を軽く擦るだけで粉のように繊維がほぐれてしまう箇所もありました。
こうした民家が、後世に継承していくべき大切な財産であることを再認識すると共に、末永く守っていく上では、継続的なお手入れが不可欠であると感じました。
ほとんどの行程においてスムーズに作業を進めることができ、私たちにとっても楽しめるイベントになりました。いくつか改善したい点も見つかりましたので、次回に向けてしっかり準備をし、さらに充実したイベントにしていければと思っています。
快く受け入れてくださったご家族の皆様、どんなイベントになるかも分からないのに早朝からご参加いただいた隊員の皆さん、ありがとうございました! 隊員の皆さんには是非次回以降のお助け隊にも参加して頂ければ大変心強いです。ということで最後に記念写真を1枚。
第2回 飛騨市古川町弐ノ町
2009/12/25

- 第二回対象家屋

- 通し路地(とおしろうじ)

- 嬉しいスペシャルスタッフ
今回のお手入れは「町家」
今回のお手入れ物件は、飛騨市古川町弐ノ町の古い町家の一部を現代の生活に合わせて住みやすくリフォームしたお宅です。リフォームとはいえ、元々の家の材と造りや間取りがそのまま活かされており、また古川町市街地の古い町並みの景観が意識された、「再生」物件ともいえます。
家の間口には町家ならではの格子窓。通りに面する窓から家の中が簡単に見えないよう、現代で言う「カーテン」の役割があり、規則正しく整然と並ぶ格子が通りを歩く人々に清々しい印象を与えています。そして、家の顔でともいえる玄関の上の太いまぐさ(胴差しの部分)は、その家の持つ歴史と内部の伝統的な匠の技が活かされている構造を物語ります。
玄関を開けると、広い土間です。土間は「路地(ろじ)」とも呼ばれ、今回のY邸のように玄関から家の裏側まで続く長い路地を「通し(とおし)路地」といいます。路地からは一方行に部屋が並んでおり、通り側から「前みせ」・「中みせ」・居間と続き、その奥には家の通気性・採光性を高める「箱庭(はこにわ)」があります。前・中みせは座敷のような役割で、前みせは訪ねてきた客をもてなすスペース、また中みせには囲炉裏があります。そして長細い敷地で薄暗くなりがちな家の中心部に光を取り入れる為に、路地の中ほどには「吹き抜け(ふきぬけ)」があり、囲炉裏の煙は吹き抜けを通して暖気を家の上部へと送りながら天井の「煙出し」から外へ出て行きます。2階・3階への階段が囲むこの吹き抜けは、とても明るく開放感があり、家を支える木の梁が張り巡らされている様は、繊細ながらとてもダイナミックな印象です。
広々とした農村地域の古民家とは違い、市街地の限られたスペースで快適に暮らすための知恵がちりばめられた「町家」が今回のお手入れ物件。Iターンの育児中核家族は、「お手入れしたくても、するヒマなんてあるわけない!・・・でもせっかくなので、キレイな町家で住みたい」、そしてお手入れお助け隊にとっては「他人のお宅をお手入れするよりも、まずは手近なところから始めてこそのボランティア」ということで開催が決定しました。プロジェクト責任者の自宅ということで気兼ねなく存分にその成果を発揮でき、3ヶ月間のプロジェクトで身につけた知識や情報をお互いに交換・共有しながらの中間集大成も兼ねての今回。季節は師走も差し迫った25日。Y邸の歳末大掃除をお助けするべく、飛騨民家お手入れお助け隊(と、スペシャルスタッフとして3歳の娘さん)の出動です。

- 清掃風景

- 磨き風景

- 吹抜けを見上げると家屋の構造が立体的に分かる。高い!
古町家のツヤ出しお手入れ
今回お手入れをする箇所は玄関のまぐさと格子・土間の腰板(腰の高さよりも下の壁板部分)と柱・吹き抜けの梁・階段・路地部分の壁板と柱です。お手入れの方法は、昔ながらの植物性の油を使ったツヤ出し作業です。
家中に張り巡らされた太い梁、大きな壁板・柱などは、まず水拭きで一年間の埃を取り除きます。少しでも埃がついていると、次に塗る米ぬかなどの油分にムラができたりして上手く浸透しないため、隅々まできれいに拭き取ります。水拭きが終わり、その水分が乾いたところで米ぬかを入れた綿の袋で擦りつけます。擦っていくうちに袋の中の米ぬかから油分が染み出してツヤが出てきますが、袋の中の米ぬかを擦りながら揉みこんでいかないとなかなか油分が出てこないので、かなり根気のいる作業です。米ぬかのクッションがあるので柱や壁に傷がつくことは無い為、力一杯ゴシゴシと擦りつけます。そうしているうちにゆっくりと油分が染み出して、木の木目が段々とはっきり見えてきます。その後、荏の油(えのあぶら:エゴマの油)で磨いていきます。薄づきの米ぬかとは違い、天然のワックスに近い荏の油は塗った後も多少のベトつきが残るので、主に普段人の手が触ることのない高い場所にある梁などに使われますが、今回は年に一度の大掃除ということもあり、柱や壁板なども全て荏の油で磨きました。灯油ストーブで温めてノビを良くした荏の油を雑巾につけて、サッと一塗りすると木目が一段と引き立ち、さらに磨きこんでいくことで独特の光沢が出てきます。太い梁は渋く重厚な光りを放ち、壁板や柱はやわらかな木目も美しい透明感のあるツヤがよみがえりました。そして、この日磨いた箇所は、一晩おいてもう一度カラ拭きをすることで油分がさらに浸透しやすくなり、この効果が長期間持続するそうです。
今回の作業は、プロジェクトの関係者宅であり参加者もスタッフのみということで、作業の段取りや手順がスムーズに行われました。その中でお助け隊スタッフがお手入れ方法の再確認ができ、次回からのボランティアスタッフを迎えてのお助け隊を開催する為の勉強会として、とてもよい機会であったと思います。実際のお手入れをする上での細かな問題点(畳の上での脚立の使用法など)も見えてきました。
前回のお助け隊同様、磨き上げた梁・壁板・柱などには充実した達成感があったわけですが、ある意味、お助け隊スタッフが自ら作業を行うので「きれいになって当然」なのだと思います。「一通りのお手入れができる」お助け隊スタッフの次の課題は、「古民家のお手入れの楽しさと、お手入れをする意味を伝えることができる」スタッフになることです。それを知っていただくことで、お手入れ物件の家主には「磨けば光る!自分の家の持つ本当の美しさ」、またボランティアスタッフには「重厚なだけでなく、しなやかな木目輝く飛騨民家」を感じていただけるようなお助け隊を開催することを目標とし、我々お助け隊の発起人としての意識を磨いていけたらと思います。
第3回 飛騨市神岡町小萱地区
2010/01/17

- 第3回対象家屋

- よつで造り : 仏間の奥にもう一間ある
- 参加者
- 6名
- 作業範囲
- 玄関とざしき、まわり廊下の清掃・お手入れ
- 作業時間
- 約4時間
大戸のあるよつで造りの民家
神岡町小萱地区でのお手入れ作業は、時節柄、雪の降り積む中の作業となりました。対象の家屋は築年数不明、おそらく築120年以上、玄関にくぐり戸付きの大戸が残っている、間口8間半、奥行6間の、よつで造りの立派なお宅です。
よつで造りというのは、一般的な飛騨の農家民家が家屋の左端または右端に、日の字型に「ぶつま」と「でい」という2つの座敷を持つのに対し、田の字型に4つに区切られた座敷を持つ家屋で、間口が8間以上あるようなお宅でないと見られない、なかなか珍しい間取りです。
このよつで造り、田の字型と言っても、多くの場合は上下左右均等に分割されているわけではなく、左右どちらか、家屋の端側にある日の字の方が広く作られ、床の間があり、もう半分の日の字には仏壇があることが多いようです。また戦後になって、その手前にあった「おえ」や「ざしき」などと呼ばれる板の間を日の字に区切り、畳を敷いてよつで造りのように見せる改装を施してあるお宅が幾つもありました。
飛騨の人にとって、よつで造りのお宅に住まうことはステータスだったのかもしれません。その証左として、かつて庄屋さんや豪農であったようなお宅、その集落を切り開いた歴史ある家柄のお宅には、よつで造りの家が多く、「おえ(ざしき)」よりも「でい」や「ぶつま」が一段高くなっています。その中でも更に立派なお宅では、よつでの一番奥の座敷2間(おくのでい、まえのでい、などと呼ばれます)がまたもう一段高くなっているところもありました。
これは伝聞によると、今のように集落ごとの公民館や集会場が出来る以前、その集落の寄り合いなどがその年の集落の代表の家で行われたこと、豪農と小作と下男、という身分の差がかつてはあったためだそうです。高い場所から低い場所へと位の高い順に座り、一番位の低い人たちは、玄関の土間に腰掛けて寄り合いに参加したとか……

- うつくしいざしきの梁
今回の対象家屋も、おそらく由緒のあるお家なのでしょう。玄関の引き戸をくぐって開口一番「素晴らしい」という言葉が思わず出ます。高いあがりたて、ところどころ傷みはすれど立派な格子戸や中すき戸、そして「ざしき」と「よつで」を分ける美しい拭き色に艶めく板戸……。天井を見れば、さすがに2階の床板は一部新しいものの(床板が見えるということはつまり、コンパネなどは一切はってありません!)、黒々と煤けた中丑や土路丑、梁や桁のその重厚感・存在感。ムクムクとやる気が湧き上がってきます。
作業開始
今回のお助け隊は参加人数が家屋の規模に対してやや少なかったため、「よつで」のお手入れは時間に余裕があれば、ということで始まりました。玄関班、「ざしき」班、まわり廊下班の3箇所に分かれて作業開始。

- 今は使われていない大戸

- 天井の清掃風景(玄関)

- 玄関から見たざしき

- まわり廊下と美しい板戸
玄関部分はお助け隊の隊長が一人で担当。まず、玄関周りの整理から始まりました。このお宅では長く大戸を使っておらず、大戸そのものは開け放ったままになっています。内側に開いた大戸の手前には大きな下駄箱が据えられており、玄関の敷居には既に、ガラスのはまった木製の引き戸が入れられています。大戸は残念ながら昔の名残といった雰囲気ですが、新しい戸が入っていながら大戸がそのまま残っている例はこのお宅の他にはこれまでありませんでした。そもそも残っているだけでも価値のあるもの、是非この機会にお手入れをしておきたいところ。というわけで、掃除の障害になる物や埃を落として汚してはいけないものを移動させます。傘立てをどけると、その下から藁打ちに使う石が不意に顔を出したりしました。整頓が終われば今までと同じ手順。隊長は慣れた手つきで天井や梁、柱などを丁寧に水拭きし、乾いた頃を見計らってまず荏の油で磨き、その上から更に米糠を入れた布袋で磨き上げていました。
「ざしき」班は主に天井の掃除と柱や板戸のお手入れを行いました。天井は低めの脚立の上に立っての作業。2階の床板と「ざしき」中央を走る化粧梁の間に10cm程の空間が空いている箇所があり、そこには長年の埃や建造当時の物か、はたまた天井の板の張り替えの際のものか、大量の木くずが溜まっていました。まずはそれを下にこぼさないように丁寧に取り除いて、水拭きをします。今では飾りになっている、梁の所々に取り付けられたままのガイシも、中央のくぼみの部分に分厚く煤がこびりついており、隊長の指示もあって丁寧に拭き取りました。ガイシが一つ一つ白さと取り戻すたび、梁の黒とのコントラストで部屋の中が明るく美しく感じられ、意外と大きな達成感を得られます。水拭きが一通り済んだ後は、ツヤがないということで一番油分を与えられる荏の油を使って磨いたのですが、黒く煤けた箇所は今まで磨かれたことがほとんどないので、何度拭いてもどんどん油を吸ってしまいます。鏡のように美しい拭き色が出るためには、こうした作業を毎日のように連綿と続けなければならないのかと思うと、昔の人のこまめさに対し頭の上がらない、目眩にも似た思いがしましたが、めげずに作業を続けます。
まわり廊下班は家屋の表側のみをお手入れ範囲として、天井や柱、床板を磨きます。昔どこかで目にしたことがあったような気もする、足踏み式の古いミシンが置かれたその廊下は、廊下と呼びつつも幅が1間ほどもあります。しかし担当隊員たちの懸命にお手入れ作業の甲斐あって、そちらの作業はスムーズに進行。終了後はまだ手つかずだった「ざしき」の柱や板戸のお手入れをサポートして頂きました。板戸や柱についても今までのお手入れ手順と同様、軽く水拭きをし、それが乾いたら米糠やクルミを用いて磨き上げました。
そうして各班が作業を一段落させたのは、午前1時を過ぎた頃。第1回、第2回のお手入れお助け隊で経験を積み、段取りを学んできたスタッフばかりでしたが、人の数に対して範囲が広く、どの班も予定していた作業終了時間の正午をかなりオーバーしての作業終了となり、結局「よつで」のお手入れは実現しませんでした。
作業終了 - 撤収
お手入れ作業終了後は、畳の上にお家からお借りした掃除機をかけ、用具の後片付けをし、「ざしき」に大きな座卓を2つ並べ、お手入れと平行して屋根の雪下ろし作業をされていたご家族(お疲れ様でした)と一緒に昼食を頂きました。今回はなんと、私たちが用意した豚汁とは別に、ご厚意で神岡名物の「とんちゃん」を提供して頂きました。これにはみんな恐縮しきりでしたが、作業の後の空腹もあいまって、あまりの美味しさにすぐに平らげてしまいました。ごちそうさまでした!
お腹を満たした後は、ご家族らと共に古民家の話や木材の話に花を咲かせます。中学3年生の子供さんは、
「小さい頃、友達から大戸があって大きな家で暗くてお化けが出るような家と言われていた」
とのことで、私たちは、こんな大きな家は今建てようと思ったらこんな材料もなくたいへんお金がかかる。造った先祖は立派な人やった、と伝えました。子供さんも
「僕はこれから大切にしてしっかり守っていく」
とうれしい言葉を言ってくれたので、受験勉強にガンバレと励ましました。
改めて自分たちがお手入れした箇所を眺めたりしながら、ゆっくりくつろがせて頂いたあと、今回の作業内容の報告とお礼を延べ、撤収。帰り際にはご家族から感謝の言葉をかけて頂いた上、全員で外まで見送りに出てくださりさえしました(!)
こうして、第3回のお手入れお助け隊も無事に終えることが出来ました。年明けのまだ慌ただしい時期に快く場を提供して頂きました対象家屋のご家族の皆様、本当にありがとうございました。そしてお助け隊の参加者の皆さんもお疲れ様でした。
まとめ
今回は前回と似て、日程調整の関係で告知を出すのが年末になり、年をまたいで間をおかずの開催だったため、告知や連絡などの周知が満足にできず、県外からの参加者がいらっしゃいませんでした。高山市から1名が参加してくださった以外はお助け隊の常駐スタッフのみというお手入れ作業で、
- 前回の反省点が十分に生かせなかったこと
- 人数が少ないために作業範囲が限られてしまったこと
- 第1回と比較して掃除のしがいがあったことなどから、当初の予測よりもだいぶ時間が掛かってしまったこと
などは、必ず反省点として次回につなげよう、また、
- 畳敷きの部屋の掃除を行う際には、天井の梁や桁に積もったゴミや埃がかなり多いため、ブルーシートなどを準備しないと後片付けの際に苦労するし、ひとつ間違えれば畳などを汚して、かえってご迷惑を掛けかねないので十分注意が必要だ
- スタッフだけでのお手入れ作業では黙々と作業しがちになってしまうようで、これは最初の反省項目につながることですが、やはり多様な人々の参加があって初めてご家族にとって感じ得るものがあったのでは
などと、参加者それぞれが振り返りましたが、全体としては第1回、第2回と同じく、対象家屋のご家族に喜んでいただけたことで、今後のお助け隊の継続についても再度自信と確信を与えて頂き、成功裏に終わったと言えます。
第5回 飛騨市宮川町巣之内地区
2010/03/22

- 第5回対象家屋

- 正面の意匠
- 参加者
- 8名
- 作業範囲
- 土間の部分とおえ・縁側の部分の床や柱・梁
- 作業時間
- 約3時間
越中八尾風の古民家
5回目となる「飛騨民家のお手入れお助け隊」。今回は、飛騨市内の宮川地区でのお手入れです。
宮川地区は、飛騨市の中でも特に築50年をこえる古民家の割合が80%以上ととても高い地域です。そしてその特徴として挙げられるのが、すぐ隣の富山県は越中八尾の流れを汲んだ古民家が多く存在していることです。
越中八尾風の古民家は、飛騨市の他の地域の古民家と比べて天井が高く中二階があることで、実質3階建てになっています。建築当時はほとんどの家屋が富山地方に多くみられる瓦葺きでしたが、近年では積雪対策の為亜鉛葺きに葺き替えることが多いそうです。また、妻側にも独特の化粧がみられ、太い梁が3本妻側の外に張り出しています。
今回のお手入れ対象のお宅も、越中八尾風の古民家です。家屋に使用されている主な素材はケヤキ。建築当時はかなりの贅沢な素材であったケヤキがふんだんに使われ、長い年月を経てなお輝きを増す美しい木目が家主の自慢です。
作業開始
これまでのお手入れにはなく高い天井には、特別な足場を用意してお手入れに臨みます。一見きれいなように見える天井の梁も、家主の高齢化や家族構成の現代化によりお手入れの担い手がいなくなったことで薄らと埃が積り少しだけ曇ったような色になっています。
今回も参加して頂いた若い大工さんと今回初参加のベテラン大工さんのボランティアスタッフが慣れた手つきで大きな足場を回しながら太い梁の隅から隅まで磨いていきます。少しづつ磨きあげるごとにその美しさに見とれる2人。大工さんならではの素材に対する目線には、彼等の年代こえた共通の思いがあるようです。
お手入れは土間の部分とおえ・おえに面する縁側の部分の床や柱・梁の部分を午前中いっぱい時間をかけて行いました。今回参加して頂いた女性は、ご実家が同じ宮川地区の同年代の古民家だそうで、なかなか手が回らない古民家ならではのお手入れの方法などを勉強する目的でいらしたそうです。単に「古民家が好き」・「古民家のお手伝いをしたい」という方々にもそうなのですが、今回の女性のような「古民家のお手入れを勉強して実生活にも活かしたい」という方の為にも、ただお手入れをするだけでなく、お手入れの方法や理屈などを少しの時間でもレクチャーする時間も必要なのかもしれません。このお手入れお助け隊に何度も参加して頂けるリピーターを確保するのと同時に、たった一度の参加でも、ある程度は自分でお手入れができるノウハウ身に付けた参加者を育成することも大事だ思います。
作業後 / まとめ
今回のお手入れお助け隊のクライマックスは、お昼の食事の時間でした。
内容はこれまでと同様におにぎりと豚汁です。頂く前には家主さんの挨拶がありました。その挨拶の中で、家主さんが家の歴史を語ります。事前に古民家の調査を行った際にはしどろもどろで家の建築年代なども聞きかじったことだけをおっしゃっていた家主さんは、今回のお助け隊がお手入れにやってくることで家の資料を洗い直し、家の歴史や素材の希少さを誇らしげに胸を張って語ります。その笑顔にはなかなかお手入れができないながらも、この古民家の家主としてのプライドが感じられました。最後におっしゃっていた「こんな機会でもなければ、皆さんにお会いすることも叶わず、自分の家の歴史さえ知る機会がありませんでした」というお言葉が印象的でした。
その後、ご飯を食べながら参加者の間で古民家を取り巻く数々の問題について白熱した議論が飛び交いました。その中でも特に鋭く熱い意見をおっしゃるのは、第1回のお助け隊で参加して頂いた、ご自身も移築した古民家に住む男性です。過疎集落の現実やら、行政や法律の古民家との関わり方の曖昧さなど、頭の痛くなるような問題の中で、古民家に対する熱い思いや、実際に古民家を移築した時の思い出・移築後のさまざまな出来事などを嬉し楽しそうに語る彼の姿に、参加者全員がこれからも前向きに古民家に向き合っていこうと決意を新たにしました。











